中性子捕捉療法(BNCT)

4.BNCTの歴史と実績

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 中性子捕捉療法は、中性子が1932年にChadwickによって発見された4年後の1936年に、Locherによりその原理が提唱されました。


 米国のブルックヘブン国立研究所(BNL)においては1951~1961年の間、FarrおよびSweet他による19例を初めとして合計45例の治療が、また、マサチューセッツ工科大学(MIT)においては1953~1961年の間、Sweet他により 18例の治療が行われましたが、ホウ素(10B)化合物および中性子ビーム線質等の問題のために治療成績が悪く、しばらく中断されていました。その後も、米国では、熱外中性子照射場の開発等の基礎的な研究は継続されてきましたが、1968年より行われていた日本の治療成績に刺激され、1994年9月にBNLとMITでほぼ同時期に熱外中性子によるBNCTが再開されるに至りました。


 なお、日本では開頭手術中に本療法を行う(術中照射)に対して、米国では各種の制約により術中照射を行うことができません。このことが、米国における本療法が熱外中性子を用いて再開された理由の一つです。


 日本においては、1959年から宮川、渡辺他によって中性子捕捉療法に関する基礎研究が始められ、日本原子力研究開発機構(JAERI)の原研1号炉(JRR-1)や日立炉(HTR)を用いてマウスに対する中性子照射が行われました。 1968~1975年には、畠中、佐野他により、新たなほう素化合物(Na2B12H11SH、通称BSH)を用いた悪性脳腫瘍に対する13の臨床例がHTRを用いて行われ、米国の治療成績を上回る結果が得られました。

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